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  • 和楽庵

伊太郎 安次郎の功績


山口伊太郎

究極の表現技法で、西陣の新しい創造を切り拓いた。

大正9年、山口織物所を19歳で開業。長い月日を通じ、西陣の技術を継承し発展させてきた。しかし近年の西陣は、自動化の技術開発のため、職人の手仕事が失われつつあった。70歳の時、尾張徳川家蔵の国宝「源氏物語絵巻」に魅せられ、西陣を発展させるべく、「織物」で当初の色形を再現しようと決意。優秀な職人を集め、ジャガード織の技術の他、多くの染色技術を集約し長い歳月をかけて製作に取り組み、30年余りもの期間をかけて全四巻の錦織絵巻が完成した。それらは、ジャガード織の母国フランスの国立ギメ東洋美術館に寄贈し、「伊太郎織」と称されている。薄物の装束の透かしがリアルで、伊太郎の高い技術が読みとれる。
平成19年、最終指示を出した後、伊太郎は完成を見ることなく他界した。翌年3月3日、職人らにより、「源氏物語錦織絵巻」全四巻の最終巻は完成する。105歳で亡くなる直前まで続けられた、まさに生涯にわたる製作であった。
山口伊太郎の功績
明治34年 京都市に生まれる
大正9年 山口織物所を開業。
昭和29年 紫絋株式会社を創立。
昭和43年 黄綬褒章を受章。
昭和45年 「源氏物語錦織物絵巻」の製作を開始。
昭和46年 財団法人西陣織物館理事長に就任。
昭和48年 勲五等瑞宝章を受章。
平成5年 源氏物語錦織絵巻展を開催。
紀宮清子内親王殿下の御成りをいただく。
秋篠宮紀子妃殿下の御成りをいただく。
平成7年 フランス国立ギメ東洋美術館に「源氏物語錦織絵巻」を寄贈。
フランスオフィシェ芸術文化勲章を受章。
平成13年 京都市芸術功労賞を受賞。
平成15年 東京大倉集古館にて
「山口伊太郎・山口安次郎兄弟二百歳記念千年の織物二百歳の夢」展を開催。
平成17年 静岡佐野美術館にて「山口伊太郎・山口安次郎の世界」展を開催。
平成19年 6月27日未明、自宅にて死去。(105歳)
平成20年 「源氏物語錦織絵巻」全四巻のうち最終巻が完成(蓬生の巻他)。
4月、京都相国寺・承天閣美術館にて遺作展を開催。
平成21年 フランス国立ギメ東洋美術館に「源氏物語錦織絵巻」最終巻の四巻を寄贈。
4月、東京・大蔵集古館にて展覧会を開催。11月よりフランス国立ギメ東洋美術館にて、
‘Au fil du Genji – Hommarge a Metre Yamaguchi’展が開催される。


山口安次郎

日本人がいる限り、西陣織はなくならない。

兄、伊太郎とともに西陣織の名匠。小学校卒業から家業についたが、昭和40年頃会社を長男にまかせ、長年の夢、「能装束の復元」を始める。
江戸時代の能装束に近いものを製作したいと、草木染めの研究をし、さらに現代の舞台の照明に合うよう色味を調節している。能楽流派の宗家から直々に頼まれたものもあるが、自らが興味ある能装束を次々と復元。昭和59年頃から、海外での展覧会が増え、その都度その土地の博物館に寄贈してきた。
安次郎は「西陣の織物は世界一で、能装束には西陣織の良さがすべて集約されている」という。豪華で華やかな「唐織」の能装束を織るには三ヶ月を要し、今までに織った能装束は約130領を超える。
平成22年2月この世を去るが、安次郎の丁寧な仕事は、西陣織の存在とともに、人々を魅了し続けるだろう。
山口安次郎の功績
明治37年 京都市に生まれる。
大正5年 12歳で家業に従事する。
昭和6年 山口織物を創立。太平洋戦争開戦により一時中断。
昭和22年 山口織物を再開する。
昭和25年 連合国最高司令官マッカーサー元師に能装束裂地寄贈。
昭和36年 草根花木皮染の研究を始める。
昭和57年 労働大臣より「現代の名工」の表彰をされる。
昭和58年 勲六等瑞宝章を受章。
昭和61年 イギリス チャールズ皇太子ご夫妻に能装束を献上。
平成元年 祇園祭北観音山の天水引を復元。
平成2年 伊勢神宮内宮神楽殿の内張絹を復元し献上。
平成11年 フランス リヨンにて能装束展を開催。
フランス リヨン市織物歴史博物館に能装束を寄贈。
平成14年 イギリス ロンドンにて能装束展を開催。
イギリス V&A美術館に能装束を寄贈。
平成15年 東京大倉集古館にて
「山口伊太郎・山口安次郎兄弟二百歳記念千年の織物二百歳の夢」展を開催。
平成17年 静岡佐野美術館にて「山口伊太郎・山口安次郎の世界」展を開催。
平成21年 京都相国寺・承天閣美術館にて
「山口安次郎作 能装束展―心と技の饗宴―」を開催。
平成22年 2月7日未明、自宅にて死去。(105歳)